6月6日にドキュメンタリー映画監督下之坊修子監督をお招きして開催した「映画『ここにおるんじゃけぇ』から強制不妊問題を考える」の講演に続く質疑応答の時間にも、内容の濃い話が交わされましたので、その中からいくつかご紹介します。
毎日新聞記者の千葉紀和さんは、東京の科学環境部から京都支局に異動されたばかりだそうです。この催しのことがあると知って参加して下さいました。
新聞でも告知していただき、ありがたかったです。この記事に京都府内の被害者数や一時金支給法に基づく府内の認定者数が載っていますが、日程が合わずに参加出来なかった滋賀県優生保護法被害者情報公開請求傍聴支援に関わっておられる方から「京都では未だ優生保護法被害者の国賠訴訟はありませんが、訴訟が起きていないだけで被害者の方はいらっしゃいます。佐々木さんの『ここにおるんじゃけぇ』は一度観たことがあります。誰も排除されない社会をつくることへの社会に対する警鐘だと強く思います」とメールを頂戴しました。この「誰も排除されない社会をつくること」がキーワードだと思います。
上掲本を執筆されたお一人が千葉記者さん。『強制不妊 旧優生保護法を問う』は新聞協会賞・早稲田賞受賞作です。「2018年に被害者の方々が国賠訴訟を起こされ、その少し前から取材していました。被害者救済、一時金法に繋がったことではありますが、優生政策は世界的にいろんな国でもありましたが、21世紀目前の1996年までやっていたのは日本だけ。なおかつ被害者救済が2018年まではかられていない。メディアも含めてずっと放置してきたことなわけです。いろんな理由がありますが、被害者の方がなかなか声が挙げられなかったというのもあります。そんな中でも佐々木さんは初期の頃から声を挙げて可視化されていたわけですが、メディアは大々的に運動として取り上げることはありませんでした。漸く問題化して取り上げるようになったのが2018年だったということなんです。被害者の国賠訴訟が起きて一応救済法と言っていますが、たった320万円の一時金を支給する法律ができました。京都府内で言えば一時金が支給されているのが11人ですが、亡くなられた人もいるので、救済対象が何人なのかも分かっていないという状況です。11人が何%なのかさえ分からないような状況があるので問題としては終わっていません」。
続けて千葉さんは、「このルポ『命の選別』は優生保護法の取材をしながら『今も姿、形を変えてずっとあるけどなぁ』という思いをずっと抱いていました。科学技術を長く取材してきていて、出生前診断もどんどん新しい形で、しかもどんどんビジネス化していますし、優生保護法は不良な子孫の出生を防止するということですが、優生学的には優秀な人たちをつくるというのもあって、ゲノム編集とかいろんなことが技術的にできるようになってきています。新しい優生的なことがどんどん起きているというのが、被害者救済の裏で同時並行で実は起きているということに目を向けて貰いたくて本を書きました。
佐々木さんの強制不妊手術はひどいに決まっていますが、昔はそういうことがいろんな理由で『まぁしようがないね』とされていたわけです。後から批判するのは簡単ですが、リアルタイムだと何となく『しょうがないこともあるんじゃないか』ということになって、後々『とんでもなかった』ということになるので、今の新しいことにも、目を向けて貰いたいです」と話してくださいました。
ぜひこうした本を読んで、皆さんに「今の新しいことにも、目を向けて貰いたい」と思って千葉さんのお話を紹介しました。私は佐々木さんのことを知ってからずっと「なぜ、原爆が落ちた広島の公立病院の医師が、禁止されていたコバルト照射をしたのか?」と疑問に思っていたので質問しました。
下之坊監督は「医療者は力があるから、その人に言われたら受け入れるしかなかったと思う。罪悪感を持ちながらやっている医師もいるが、全く無知という人もいれば、分かっていてやっている人もいっぱいいたと思う。今の新しい技術で凄いことがいっぱい起こっているという裏の話を知ったら、ゾッとするようなことに、若い人が声を出しかけているところに希望を見いだしている」と語り、
会場の参加者から「コバルト照射は、実験的な要素があったのではないか?次の世代のガンマナイフとかに繋がっていくし、放射線治療にも繋がっていくから。確証はないけど、あの当時の障がい者に対する手術の時に、その人たちの体を使って次の実験をしたくなるのも医者です。その傾向はないのかなぁ? というのは、医学というのはいつも新しいものを求めて、新しいものを開発することによって大きな利潤を得ていく。経済的な困窮者を助けるのではなくて、医者としての性というか自分の知見をひけらかす、もの凄い名誉なことであるという欲望から、障がい者を使っての実験は様々行われていたと思う。今益々拍車がかかって行われていると聞いた出生前検査は、若い人には悩みの種になっていく。『ここにおるんじゃけぇ』のような映画を観たら、どのような子でも命だから生かしていきたいと思うだろうけど、若い子の中には、作られた社会の閉塞感とか、輝かしい社会はもう見られない中で、自分が育っていくというイメージがもの凄くマイナスになっているんじゃないかとも思う。
支援学級がもの凄く増設されている。地域の学校は統合されて減らしているが、支援学級だけはタケノコのように増えている。一方で障がい者に対する厚い支援、スキルを磨き、その子らしさの個性を磨くと言いながら、実は大きな分断で、見えなくしている。私たちは、多様な人たちが共にいる社会を望み、見える世の中にしたいのに、逆行している動きもある。それに到達するまでの意識を作ろうと思うけど、日常生活に紛れて、そこに行けないから余所ごとになってしまう。先の自分ごとなんだけど、今必要なことを必死でやるために、ほんの先のことでも余所ごとになってしまう」と話して下さいました。
発言された人は、福島の子ども達の甲状腺癌やコロナワクチンについてもその影響への心配を発言されました。その最後の言葉が印象的でした。「最新技術なのか、怖い技術なのか、知らず知らずのうちに野望の中の実験に私たちがいるような気がして仕方がない」と。一体全体、正しい情報がどれなのか分からず翻弄されている状況があります。
この方の発言を聞いていて、4日に観た『一人になる』(高橋一郎監督)とその後のシンポジウムでの話をしました。医師であり、国家公務員であり、僧侶でもあった小笠原登さんは生涯「ハンセン病は隔離しなくても治る病気だ。隔離の必要はない」との考えを貫きました。患者の絶対隔離政策を推進するライ予防法や無ライ県運動を推し進めた光田健介がトップにいる1941年のライ学会で、医師たちはハンセン病が強烈な伝染病ではないとわかっていたにも関わらず、国の隔離政策に反対することになるので押し黙り、小笠原医師を孤立させました。後に光田健介は「救ライの父」として文化勲章も受章していますが、彼の誤りは明白です。シンポジウムで聞いたのは、光田医師はデータが欲しかったのだということでした。ハンセン病患者の命、生活の質よりデータを優先したのです。元ハンセン病患者が味わされた隔離や強制不妊手術の酷さは、ドキュメンタリー映画『凱歌』をぜひご覧下さい。
昨日26日付け京都新聞で沖縄のハンセン病元患者が国に対し損害賠償を求めて提訴したことが載っていました。差別を恐れて周囲に元患者であることを伏せ、ハンセン病に関する報道を一切見聞きしないようにしたため、国が和解金請求期限を2016年3月としたことを知らなかったそうです。こうして名乗り出られなかった人は他にもたくさんおられるでしょう。『凱歌』や『一人になる』を観た後だけに尚更お気の毒だと思わずにはおれません。
先のシンポジウムで高橋一郎監督は「草刈りしても草刈りしても根っこが残っている。それが優生思想だと思う」と仰っていました。この発言の後、舞台上で意識を失われ、救急車で運ばれた病院で急死されました。67歳、心筋梗塞でした。この言葉は監督の遺言だと思いました。監督の思いが詰まった遺作『ひとりになる』を、お近くで上映される折にはぜひともご覧頂きたいです。
先日、たまたま見たNHKスペシャル「未来への分岐点(4)」はゲノムテクノロジーの光と影でした。ゲノム情報によるデザイナーズベイビーが取り上げられていて、そこまで技術が進んでいるのかと驚きましたが、みんなで倫理的な議論ができないまま、技術が一人歩きしていくのではないかと恐ろしさを感じました。
そこに、今日27日の京都新聞1面には日本産科婦人科学会方針で「着床前診断の対象拡大」の見出しの記事が載っていました。これは体外受精させた受精卵から一部の細胞を取り出し、特定の病気に関わる遺伝子異常の有無を調べる検査法で、異常のないものを子宮に戻すため「命の選別に繋がる」と懸念する声があります。高橋監督が仰るように、技術の進化で、刈っても刈っても姿や形を変えて、優生思想が出てきます。根気強く、人ごとではなく、自分ごととして考え、機会を捉えて勉強していくことが、自分や家族、次世代を守ることになるから、見ない振りは止めた方が良いと思います。コロナ禍で今も様々な偏見や差別が起こっています。こんなときだからこそ、この映画を見ることが大切だと思いました。
下之坊監督は「メディアが大きな力に対してものが言えない状況ですが、最近上と思っていたら下の情報も出て来る状況になっているのは面白い。だけどそれが本当なのかと混乱する。自分たちも力をつけていくことが大事。自分たちの生活の中で確実な情報というのをみんなで共有できる状況が必要だと思う」と述べ、続けて、ある夫婦の話をされました。
「3人目を身ごもったとき、医者は『出生前診断を受けますか?』と聞いたので、夫婦で相談してNOと答えて、子どもを産んだらダウン症だった。自分たちで決めたことなのに七転八倒した。上の子二人とダウン症の子は何の違いがあるか?と問うたとき、自分にとって一緒やと思った。それで、みんなに『自分は子どもを検査しないで産んだらダウン症やった。どんな子どもが生まれても自分たちの子として育てると思ったけど、自分にそれだけの力があるかわからない。自信もない。どうしたらよいのかもわからない。だからみんな助けて』と呼びかけたら、みんなが『支援する』と応えてくれた。横の繋がり、周りの人たちがどのようにその人たちを支援できるかということも大きいし、私たち自身も力を付けて、変なことに対してはNOと言い、おかしいことに対しては『おかしい』と言う。『これって変ちゃう?』と言い合うことが凄く大事で、そういうことが言えない状況はいけないと思う」と身近な事例を挙げながらお話し下さいました。で、そのお母さんと最近会って「子どもはどう?」って尋ねたら「もう可愛くて、可愛くて💖」と話しておられたそうです。
下之坊監督には、障がい者を取り巻く前向きな事例をいくつも紹介していただきました。金子みすゞさんの「みんなちがって みんないい」、誰もが肯定される世の中にしていきたい。講演のテーマ「誰もがあたりまえに生きる社会」になるよう、謙虚に過去の失敗にも学び、一人一人が力をつけて、多様な価値観が認められて、当たり前に人生を全うできる世の中にしていきたいと改めて思った講演会でした。
アンケートから
・2歳下の弟が小児マヒで、その頃はヘルパーさんや生活保護もなく、小さい頃から重荷を背負い、自分に鞭打ってきた気がします。本人が一番大変ですが、親・兄弟も辛いです。
・zoomでなくて、生の声で聞けたのが良かった。
・場所が良かった。
・世の中にたくさんある不条理な怒りや悲しみを我が事として捉え共感する心の啓発(行動までは求めない)であれば、(筆者注:講演に参加したいと思う)対象層は広がるように思いました。大変考えさせられる映画と講演でした。ありがとうございました。
【後日追記】
2021年10月26日、上掲「ルポ『命の選別』誰が弱者を切り捨てるのか?」が、今年の日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞したと発表されました。ビジネス化が進む新型出生前診断の内幕、相模原殺傷事件の背後にある障害者福祉の実態、全国で相次ぐ障がい者施設への反対運動など、「命の選別」が問われる医学、生命科学、福祉などの現場を幅広く取材して、原題の優生思想を浮き彫りにした力作。ご縁を得た千葉記者さんの受賞を心よりお祝い申し上げますと共に、今後益々のご活躍を期待しています!!!
毎日新聞記者の千葉紀和さんは、東京の科学環境部から京都支局に異動されたばかりだそうです。この催しのことがあると知って参加して下さいました。
新聞でも告知していただき、ありがたかったです。この記事に京都府内の被害者数や一時金支給法に基づく府内の認定者数が載っていますが、日程が合わずに参加出来なかった滋賀県優生保護法被害者情報公開請求傍聴支援に関わっておられる方から「京都では未だ優生保護法被害者の国賠訴訟はありませんが、訴訟が起きていないだけで被害者の方はいらっしゃいます。佐々木さんの『ここにおるんじゃけぇ』は一度観たことがあります。誰も排除されない社会をつくることへの社会に対する警鐘だと強く思います」とメールを頂戴しました。この「誰も排除されない社会をつくること」がキーワードだと思います。
上掲本を執筆されたお一人が千葉記者さん。『強制不妊 旧優生保護法を問う』は新聞協会賞・早稲田賞受賞作です。「2018年に被害者の方々が国賠訴訟を起こされ、その少し前から取材していました。被害者救済、一時金法に繋がったことではありますが、優生政策は世界的にいろんな国でもありましたが、21世紀目前の1996年までやっていたのは日本だけ。なおかつ被害者救済が2018年まではかられていない。メディアも含めてずっと放置してきたことなわけです。いろんな理由がありますが、被害者の方がなかなか声が挙げられなかったというのもあります。そんな中でも佐々木さんは初期の頃から声を挙げて可視化されていたわけですが、メディアは大々的に運動として取り上げることはありませんでした。漸く問題化して取り上げるようになったのが2018年だったということなんです。被害者の国賠訴訟が起きて一応救済法と言っていますが、たった320万円の一時金を支給する法律ができました。京都府内で言えば一時金が支給されているのが11人ですが、亡くなられた人もいるので、救済対象が何人なのかも分かっていないという状況です。11人が何%なのかさえ分からないような状況があるので問題としては終わっていません」。
続けて千葉さんは、「このルポ『命の選別』は優生保護法の取材をしながら『今も姿、形を変えてずっとあるけどなぁ』という思いをずっと抱いていました。科学技術を長く取材してきていて、出生前診断もどんどん新しい形で、しかもどんどんビジネス化していますし、優生保護法は不良な子孫の出生を防止するということですが、優生学的には優秀な人たちをつくるというのもあって、ゲノム編集とかいろんなことが技術的にできるようになってきています。新しい優生的なことがどんどん起きているというのが、被害者救済の裏で同時並行で実は起きているということに目を向けて貰いたくて本を書きました。
佐々木さんの強制不妊手術はひどいに決まっていますが、昔はそういうことがいろんな理由で『まぁしようがないね』とされていたわけです。後から批判するのは簡単ですが、リアルタイムだと何となく『しょうがないこともあるんじゃないか』ということになって、後々『とんでもなかった』ということになるので、今の新しいことにも、目を向けて貰いたいです」と話してくださいました。
ぜひこうした本を読んで、皆さんに「今の新しいことにも、目を向けて貰いたい」と思って千葉さんのお話を紹介しました。私は佐々木さんのことを知ってからずっと「なぜ、原爆が落ちた広島の公立病院の医師が、禁止されていたコバルト照射をしたのか?」と疑問に思っていたので質問しました。
下之坊監督は「医療者は力があるから、その人に言われたら受け入れるしかなかったと思う。罪悪感を持ちながらやっている医師もいるが、全く無知という人もいれば、分かっていてやっている人もいっぱいいたと思う。今の新しい技術で凄いことがいっぱい起こっているという裏の話を知ったら、ゾッとするようなことに、若い人が声を出しかけているところに希望を見いだしている」と語り、
会場の参加者から「コバルト照射は、実験的な要素があったのではないか?次の世代のガンマナイフとかに繋がっていくし、放射線治療にも繋がっていくから。確証はないけど、あの当時の障がい者に対する手術の時に、その人たちの体を使って次の実験をしたくなるのも医者です。その傾向はないのかなぁ? というのは、医学というのはいつも新しいものを求めて、新しいものを開発することによって大きな利潤を得ていく。経済的な困窮者を助けるのではなくて、医者としての性というか自分の知見をひけらかす、もの凄い名誉なことであるという欲望から、障がい者を使っての実験は様々行われていたと思う。今益々拍車がかかって行われていると聞いた出生前検査は、若い人には悩みの種になっていく。『ここにおるんじゃけぇ』のような映画を観たら、どのような子でも命だから生かしていきたいと思うだろうけど、若い子の中には、作られた社会の閉塞感とか、輝かしい社会はもう見られない中で、自分が育っていくというイメージがもの凄くマイナスになっているんじゃないかとも思う。
支援学級がもの凄く増設されている。地域の学校は統合されて減らしているが、支援学級だけはタケノコのように増えている。一方で障がい者に対する厚い支援、スキルを磨き、その子らしさの個性を磨くと言いながら、実は大きな分断で、見えなくしている。私たちは、多様な人たちが共にいる社会を望み、見える世の中にしたいのに、逆行している動きもある。それに到達するまでの意識を作ろうと思うけど、日常生活に紛れて、そこに行けないから余所ごとになってしまう。先の自分ごとなんだけど、今必要なことを必死でやるために、ほんの先のことでも余所ごとになってしまう」と話して下さいました。
発言された人は、福島の子ども達の甲状腺癌やコロナワクチンについてもその影響への心配を発言されました。その最後の言葉が印象的でした。「最新技術なのか、怖い技術なのか、知らず知らずのうちに野望の中の実験に私たちがいるような気がして仕方がない」と。一体全体、正しい情報がどれなのか分からず翻弄されている状況があります。
この方の発言を聞いていて、4日に観た『一人になる』(高橋一郎監督)とその後のシンポジウムでの話をしました。医師であり、国家公務員であり、僧侶でもあった小笠原登さんは生涯「ハンセン病は隔離しなくても治る病気だ。隔離の必要はない」との考えを貫きました。患者の絶対隔離政策を推進するライ予防法や無ライ県運動を推し進めた光田健介がトップにいる1941年のライ学会で、医師たちはハンセン病が強烈な伝染病ではないとわかっていたにも関わらず、国の隔離政策に反対することになるので押し黙り、小笠原医師を孤立させました。後に光田健介は「救ライの父」として文化勲章も受章していますが、彼の誤りは明白です。シンポジウムで聞いたのは、光田医師はデータが欲しかったのだということでした。ハンセン病患者の命、生活の質よりデータを優先したのです。元ハンセン病患者が味わされた隔離や強制不妊手術の酷さは、ドキュメンタリー映画『凱歌』をぜひご覧下さい。
昨日26日付け京都新聞で沖縄のハンセン病元患者が国に対し損害賠償を求めて提訴したことが載っていました。差別を恐れて周囲に元患者であることを伏せ、ハンセン病に関する報道を一切見聞きしないようにしたため、国が和解金請求期限を2016年3月としたことを知らなかったそうです。こうして名乗り出られなかった人は他にもたくさんおられるでしょう。『凱歌』や『一人になる』を観た後だけに尚更お気の毒だと思わずにはおれません。
先のシンポジウムで高橋一郎監督は「草刈りしても草刈りしても根っこが残っている。それが優生思想だと思う」と仰っていました。この発言の後、舞台上で意識を失われ、救急車で運ばれた病院で急死されました。67歳、心筋梗塞でした。この言葉は監督の遺言だと思いました。監督の思いが詰まった遺作『ひとりになる』を、お近くで上映される折にはぜひともご覧頂きたいです。
先日、たまたま見たNHKスペシャル「未来への分岐点(4)」はゲノムテクノロジーの光と影でした。ゲノム情報によるデザイナーズベイビーが取り上げられていて、そこまで技術が進んでいるのかと驚きましたが、みんなで倫理的な議論ができないまま、技術が一人歩きしていくのではないかと恐ろしさを感じました。
そこに、今日27日の京都新聞1面には日本産科婦人科学会方針で「着床前診断の対象拡大」の見出しの記事が載っていました。これは体外受精させた受精卵から一部の細胞を取り出し、特定の病気に関わる遺伝子異常の有無を調べる検査法で、異常のないものを子宮に戻すため「命の選別に繋がる」と懸念する声があります。高橋監督が仰るように、技術の進化で、刈っても刈っても姿や形を変えて、優生思想が出てきます。根気強く、人ごとではなく、自分ごととして考え、機会を捉えて勉強していくことが、自分や家族、次世代を守ることになるから、見ない振りは止めた方が良いと思います。コロナ禍で今も様々な偏見や差別が起こっています。こんなときだからこそ、この映画を見ることが大切だと思いました。
下之坊監督は「メディアが大きな力に対してものが言えない状況ですが、最近上と思っていたら下の情報も出て来る状況になっているのは面白い。だけどそれが本当なのかと混乱する。自分たちも力をつけていくことが大事。自分たちの生活の中で確実な情報というのをみんなで共有できる状況が必要だと思う」と述べ、続けて、ある夫婦の話をされました。
「3人目を身ごもったとき、医者は『出生前診断を受けますか?』と聞いたので、夫婦で相談してNOと答えて、子どもを産んだらダウン症だった。自分たちで決めたことなのに七転八倒した。上の子二人とダウン症の子は何の違いがあるか?と問うたとき、自分にとって一緒やと思った。それで、みんなに『自分は子どもを検査しないで産んだらダウン症やった。どんな子どもが生まれても自分たちの子として育てると思ったけど、自分にそれだけの力があるかわからない。自信もない。どうしたらよいのかもわからない。だからみんな助けて』と呼びかけたら、みんなが『支援する』と応えてくれた。横の繋がり、周りの人たちがどのようにその人たちを支援できるかということも大きいし、私たち自身も力を付けて、変なことに対してはNOと言い、おかしいことに対しては『おかしい』と言う。『これって変ちゃう?』と言い合うことが凄く大事で、そういうことが言えない状況はいけないと思う」と身近な事例を挙げながらお話し下さいました。で、そのお母さんと最近会って「子どもはどう?」って尋ねたら「もう可愛くて、可愛くて💖」と話しておられたそうです。
下之坊監督には、障がい者を取り巻く前向きな事例をいくつも紹介していただきました。金子みすゞさんの「みんなちがって みんないい」、誰もが肯定される世の中にしていきたい。講演のテーマ「誰もがあたりまえに生きる社会」になるよう、謙虚に過去の失敗にも学び、一人一人が力をつけて、多様な価値観が認められて、当たり前に人生を全うできる世の中にしていきたいと改めて思った講演会でした。
アンケートから
・2歳下の弟が小児マヒで、その頃はヘルパーさんや生活保護もなく、小さい頃から重荷を背負い、自分に鞭打ってきた気がします。本人が一番大変ですが、親・兄弟も辛いです。
・zoomでなくて、生の声で聞けたのが良かった。
・場所が良かった。
・世の中にたくさんある不条理な怒りや悲しみを我が事として捉え共感する心の啓発(行動までは求めない)であれば、(筆者注:講演に参加したいと思う)対象層は広がるように思いました。大変考えさせられる映画と講演でした。ありがとうございました。
【後日追記】
2021年10月26日、上掲「ルポ『命の選別』誰が弱者を切り捨てるのか?」が、今年の日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞したと発表されました。ビジネス化が進む新型出生前診断の内幕、相模原殺傷事件の背後にある障害者福祉の実態、全国で相次ぐ障がい者施設への反対運動など、「命の選別」が問われる医学、生命科学、福祉などの現場を幅広く取材して、原題の優生思想を浮き彫りにした力作。ご縁を得た千葉記者さんの受賞を心よりお祝い申し上げますと共に、今後益々のご活躍を期待しています!!!